東京高等裁判所 昭和58年(う)154号 判決
被告人 林誠
〔抄 録〕
およそ強姦(準強姦を含む。)の罪は、婦女の性的自由ないし貞操に対する侵害行為であるから、当該婦女において、性行為をなすにつきその自由意思を以て相手方男性に同意を与えている場合には、構成要件該当性そのものが否定されることとなるのはいうまでもないところ、刑法一七七条後段は「十三歳ニ満タサル婦女」には右の同意をなす能力がないものとみなしており、同一七八条所定の「心神喪失若クハ抗拒不能」の状態にある婦女についても、これと同断であると解される。従って、これらの場合には、たとえ形式的に当該婦女が性行為に同意しているとしても、そのことにより構成要件該当性が阻却されることはない。そして、ここに「心神喪失」とは、無意識又は前後不覚の状態にあるような場合に限られず、精神障害に基づく精神遅滞により、性行為について意思決定をする正常な判断力を有しない場合をも包含するものと解するのを相当とするところ、右判断力の有無を判定するに当っては、具体的事実関係に即して、当該婦女の一般的な精神遅滞の程度、性器、性行為についての生物学的認識(その医学的呼称についての知識とは異るこというをまたない。)にとどまらず、性行為を行なうことの社会的、倫理的意味についての理解の程度、右の理解に基づき自から性行為につき意思決定をする能力の有無を慎重に見きわめる必要があるものというべきである。右に列挙した各項目は、相互に有機的関連を有し、順次前者が後者の判断の前提となる関係にあるから、その一部のみを取り上げて、他との関連なしに論ずるのは相当でない。
これを本件について見るに、原判決は、その「争点についての判断」の項に縷説する如く、被害者M(被害当時二五歳)が、<1>既に乳幼児期から精神、運動能力の発育遅滞が見られ、本件被害当時、知能指数が四〇ないし五〇程度の中等度の精神遅滞の状態にある精神薄弱者であって、精神年齢六、七歳の程度であると認められ、洋菓子製造会社に勤務し、単純作業に従事しているとはいえ、その社会的生活能力ないし適応性は限られた環境の下のものであり、家庭でも職場でも保護者的存在がなければ自活できないこと、<2>男女の一次・二次性徴を挙げ得ず、月経と生殖との関係、胎児の育つ場所や産道、性行為が生殖行為であって妊娠を伴う場合のあること、悪阻が妊娠の徴候であることなどについての知識に欠けていて、性行為の意味につき、前記<1>の知能程度に相応する理解しか有しないこと(このように、原判決は、被害者の一般的知能程度が前記<1>の程度であるとしたうえ、とくに性行為についての理解の程度を個別に検討する必要上、生殖、妊娠等に関する知識の有無を検討しているのであって、かかる知識の有無のみによって判断しているのではない。)、<3>類推・総合・抽象能力に乏しく、物事の関係を理解し、本質的な事柄や意味、因果関係等を総合判断して行為の結果を予測することが困難であって、判断力・洞察力に乏しく、全体的に精神生活が未分化な状態にあると認められること、などの諸点を総合考慮して、本件各被害当時、被害者には性行為について意思決定する正常な判断能力が欠けていたものと判断しているのであって、関係証拠に照らし、右判断は正当として肯認するに足り、以上を論拠として、当時被害者Mが刑法一七八条所定の「心神喪失」の状態にあったものとした原判断に所論の誤りはない。所論中、前記(二)の、姦淫の相手方たる婦女において、「性行為そのものに関する認識を有し、かつ、当該相手方男性との間でこれを行なうことにつき感情面で拒否感なしに応じた場合には、有効な同意があったものと解すべきである」とするくだりは、「性行為そのものに関する知識」の概念すら定かとはいえないが、それが、<イ>生物学的意味における性行為、すなわち、男女性器の結合のみについての知識(これとても、本件被害者の場合にあっては、「おちんちんをおしっこの穴に入れること」程度の認識状況に過ぎない。)を意味するものとすれば、その不当なことは多言の要を見ず(知能程度が更に劣り、白痴の婦女の場合であっても、その程度の認識を有し、拒否感なしに性行為に応ずることは充分考えられる。むしろ、性行為の真の意味を理解しないからこそ、拒否感も生じないことに思いを至すべきである。)、<ロ>そうではなく、性行為の有する社会的、倫理的意味についての認識をも含めての立論とすれば、本件被害者にかかる認識が欠けていたことは前叙のとおりであるから、その前提は失われる。
(半谷 須藤 中野)